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亜智一郎の恐慌 (泡坂妻夫)

書籍情報

著者 : 泡坂妻夫
発行元 : 双葉社
単行本発行 : 1997.12
文庫版発行 : 2000.7
発行元 : 東京創元社
文庫版発行 : 2004.1

泡坂先生の書く人気探偵「亜愛一郎」のご先祖様「亜智一郎」が江戸幕府の閑職「雲見番」に身をやつし、将軍直属の隠密として、陰謀を暴き、謎を解く、連作短編集。

収録作品

  1. 雲見番拝命
  2. 補陀落往生
  3. 地震時計
  4. 女方の胸
  5. ばら印籠
  6. 薩摩の尼僧
  7. 大奥の曝首(しゃれこうべ)

こんな人にお薦め

  • 亜愛一郎シリーズが好きな人(必見!)
  • 時代物が好きな人
  • 「からくり」という言葉に反応してしまう人

あらすじ

以下、文庫版裏表紙より転載

二百五十年の泰平を経て腑抜け同然となった御庭番に代わり、隠密方を拝命したよったりの雲見番――長裃がひたすら似合う俊足の男前、亜智一郎。総身に普賢菩薩を刻む小普請方、古山奈津之助。遠祖役小角の奥義を極める甲賀忍者、藻湖猛蔵。安政の大地震に片腕を持っていかれた優男、緋熊重太郎。
内憂外患こもごも至る幕末、将軍直直の下知を受ける雲見番衆の、馳駆奔走や如何。

 

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書評

亜愛一郎シリーズファンは必見! ちょっとりりしめのご先祖様

泡坂ファンならタイトルでわかってしまう「亜智一郎」……そうです、あの「亜愛一郎」のご先祖様がこの短編集の主役です。

智一郎は幕府の閑職、まさに日がな雲を見て過ごす「雲見番」であったのですが、幕府をめぐる陰謀を見事に察知し、食い止めたことから、同じく功労のあった、芝居好きの優男、緋熊重太郎、忍法を忘れてしまった甲賀忍者の中にあってその状況を憂い、忍法百般を会得した藻湖猛蔵、剛力の古山奈津之助と共に、表向きは従来通りの雲見番ながら、新たに将軍直属の隠密としての役目を与えられ、数々の謎を解き明かしてゆく物語です。

こう書くと、とてもかっこいいのですが、「愛一郎」ファンの方もご心配なく。
やっぱり愛一郎のご先祖様だけあって、智一郎も美形ながら臆病者の優男です。
しかし、そうはいっても武士なわけですから、どうも感じが違います。
素直に読んだ印象としては、「中村主水」型とでもいうのでしょうか?
愛一郎は、謎解きは出来るが、かなーり情けないキャラ(だと私は思うの)ですが、智一郎は能ある鷹は爪を隠すといった感じで、文中では臆病であるという表現が何度もなされるのですが、そのわりに作中の智一郎の行動を見ていると、かなりの切れ者にしか見えないのです。

まあ、愛一郎と智一郎は別人なのですから、違ってもよいのですが……やはり平和な現代と、幕末を迎え、混沌とした時代との違いなのでしょうか?
ちなみに、智一郎以外のメインキャラクターも、現代版に登場するキャラクターのご先祖様のようです。

ミステリとしては、家紋にまつわる知識が必要なネタがあったり(雲見番拝命)、推理がかなり強引で無理矢理一つの結論につなげている感じがあり、正直なところ少し首をひねってしまう感じなのですが、大奥、芝居、花街や花魁などの江戸風俗と絡めた謎の提示が魅力的で、ミステリ志向の強い方でも楽しめると思います。

そして、この作品の一番の魅力は「時代が移りかわる」というところです。
黒船が来航し、尊皇攘夷、佐幕開国と様々な思想がぶつかり、世情も混乱してきた中始まるこの物語は、短編集であるにもかかわらず、各話ごとに時が進み、智一郎達を取り立てた将軍家定の早世、幕府の権威の低下、安政の大獄、桜田門外の変と、混沌たる世界を、智一郎達雲見番の浮世から少し離れた目線が淡々とその移ろいをとらえる様が、何とも言えず無常を感じさせます。

例えば、好き勝手に取り寄せることもままならず、わざわざ雲見番を使って、写真を撮らせようとする若き新将軍・家茂の姿(ばら印籠)や、智一郎達の働きをあざ笑うかのように起こってしまう動乱(薩摩の尼僧)。それほど詳しく歴史が記述されているわけでもないのに、特にむなしさを感じました。

まあ、最後は智一郎と、片腕を失っている緋熊重太郎が大奥に女装して潜入するというドタバタ劇(大奥の曝首)ですっきり締め括られたので、読後感はすっきりしたものでしたが。

時代小説、というほど大げさな印象は受けませんが、意外と奥の深い時代描写がなされている作品です。
この作品だけでももちろん楽しめますが、やはりここは「亜愛一郎」シリーズを少しでも読んでからの方が楽しめると思います。

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