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霧越邸殺人事件 (綾辻行人)
書籍情報
著者 : 綾辻行人
            発行元 : 新潮社
        単行本発行 : 1990.9
        発行元 : 祥伝社
        新書版発行 : 2002.6 ノン・ノベル
        発行元 : 新潮社
        文庫版発行 : 2005.1 新潮文庫
「館シリーズ」で有名な綾辻先生渾身の本格推理。
信州の山奥の湖畔にたたずむ巨大な洋館「霧越邸」
          その大正時代に建てられたという謎めいた洋館で起こる連続殺人事件。
綾辻先生が10年の構想を経て発表した、本格推理のあるひとつの到達点たる作品です。
(Amazon書影は文庫本ですが、ワタシが読んだのは単行本です)
こんな人にお薦め
- 本格ミステリを本格的に味わいたい気分のあなた
- いわゆる館ものが好きなあなた
- 綾辻ワールドが好きなあなた
あらすじ
Amazonより引用
- 
            或る晩秋、信州の山深き地で猛吹雪に遭遇した8人の前に突如出現した洋館「霧越邸」。 
 助かった…安堵の声も束の間、外界との連絡が途絶えた邸で、彼らの身にデコラティブな死が次々と訪れる。密室と化したアール・ヌーヴォー調の豪奢な洋館。 
 謎めたい住人たち。
 ひとり、またひとり―不可思議極まりない状況で起こる連続殺人の犯人は。驚愕の結末が絶賛を浴びた超話題作。 
書評
いろんな意味で綾辻先生らしい、綾辻ミステリの代表作!
いやぁ。
          長いこと積んでましたよ、この本。
          外出中に読書することが多いワタシなのに、単行本を買ってしまったことが確かにその大きな理由なのです。
しかし、その見るからに骨太で重厚な本格ミステリの香気に、これはじっくり読書時間をとることが出来る時にとっておこう、と無意識的に思っていたことがもっと大きな理由である気がします。
信州の山奥。
          雪に閉ざされた巨大な洋館。
          連続見立て殺人。
こう書いてしまうと、本格ミステリとしては定番中の定番。
          それほど特筆すべき状況でもありません。
しかし、館シリーズが好調な綾辻先生が、館ものであるにもかかわらず敢えてノンシリーズとして出版したこの本(単行本)からは、そして、本書付属の霧越邸の見取り図からは、確かに、なんだか妙なオーラが漂っていたのです。
そんな塩梅で何年もの自主的おあずけの後に、ようやく今回読ませていただきました「霧越邸殺人事件」
登場人物は、広大で、いかにも難解そうな霧越邸に比べて、比較的シンプルです。
          偶然の大雪と車のトラブルで霧越邸にたどり着いた、槍中(やりなか)が主宰する劇団「暗色天幕(テント)」のご一行8名と、同じく雪のために館に立ち寄った地元の医師である忍冬(にんどう)。
          そしてやたら引き籠もり気味の霧越邸の主人、白須賀と使用人達。
          おおよそこんなモノです。
で、当然のごとく順調に見える劇団内部には、色恋沙汰やら立身を巡る確執なんかが色々渦巻いていて……となるわけです。
やっぱりそんな独創的な設定でもありません。
しかし、そのありふれた設定で作られた登場人物達は綾辻先生の淡々としながらも丁寧な筆致で、それぞれが実に印象的に描かれています。
          そのあたりからも、やたら探偵と助手だけが魅力的に書かれているありふれたミステリとは違った重みが伝わってきます。
そのありふれた設定をもう少し掘り下げるために、暗色天幕のメンバーをご紹介いたしますと、有栖川先生で言うところの江神先輩的な槍中、いかにもずる賢そうで口の悪い名望奈志(なもなし・芸名)、世間知らずのボンボンだが2枚目で演技力もある榊由高(さかきよしたか・芸名)、謎めいた美女担当の芦野深月(あしのみづき・芸名)、控えめな常識人担当の甲斐倖比古(かいゆきひこ・芸名)、色気たっぷりわがまま担当の希美崎蘭(きみさきらん・芸名)、元気っ娘担当の乃本彩夏(のもとあやか・芸名)、そしてこの物語の語り部、ワトソン役の鈴藤稜一。
やっぱり良くある設定ですが、こうして書くと、アレですね。
          この手の設定を見る度に思うのが、よく今までこのメンツで普通に仲良くやってたもんだ、ということですが、そこは華麗にスルーの方向で。
          まあ、そんな王道的な設定なのですが、綾辻先生の場合は敢えて設定の奇矯さで勝負しなくても、その文章で「良くある設定の」登場人物を魅力的に描くことができるので全く問題ありません。
そして肝心の事件は、雪に閉ざされた館での連続殺人。
          立原白州の詩「雨」になぞらえた見立て付き。
これもまた典型的な……と言いたいところですが、そこで絡んでくるのが「霧越邸」そのものがはらむ謎です。
          事件前から次々と見いだされた「屋敷を訪れたメンバーの名前と、屋敷内の調度品や意匠の奇妙な一致。
          芦野深月とそっくりの、屋敷の主人白須賀の亡き妻の肖像画の謎。
霧越邸の来訪者を象徴するかの如きそれらの一致は、そのまま来訪者である彼らに降りかかる災厄を暗示する凶兆となります。
そう。
          このミステリの中心にあるのは登場人物ではなく「霧越邸」そのものなのです。
          暗色天幕のメンバー達は霧越邸という大きな意思の中で踊らされつつ、倒れてゆくのです。
          いかにも普通の本格ミステリの皮を被ったこの作品は、読み進める読者をも霧越邸の胎内に取り込みつつ、独創的な異彩を放つ綾辻ワールドを堪能させてくれることでしょう。
ただし、その反面この物語の結末は「本格ミステリ」として考えればちょっと肩透かし的に感じられる部分かも知れません。
          詳細は書けませんが、ひと言で言うとミステリでありつつミステリアス。
            実は正味の本格ミステリとしては比較的簡潔な骨格だったり。
          この辺が賛否両論あるところらしいのですが、綾辻先生ですから!
好き嫌いはともかくとして、とても綾辻先生らしい作風だと私は思います。
この書評で、さんざんありふれた、だの典型的だの書いてきたワタシですが、作品全体を見れば、それはまごう事なき綾辻ワールドに他なりません。
          そして、そういう点に目がいってしまいがちながら、新本格の旗手の渾身の作品らしく、ラストの急転直下は本格ミステリとして純粋に驚きを与えてくれる上質のものでもあります。
ミステリファンには一度は読んでおいていただきたい良作ですよ?
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