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蒼い月 なみだ事件簿にさようなら! (鯨統一郎)
書籍情報
著者 : 鯨統一郎
発行元 : 祥伝社
新書版発行 : 2008.9
伝説のサイコセラピスト、波田煌子(なみだきらこ)シリーズ完結編。
シリーズ初の長編で、波田煌子の過去が語られる。
こんな人にお薦め
- 波田煌子シリーズが好きなあなた(必見!)
- とにかく先にこれまでのシリーズ三作を読みましょう
あらすじ
以下、新書版裏表紙より引用
-
現場に残された「蒼い月」という文字、横たわる死体――。
18歳のフリーター三ヶ尻由衣が自宅で強姦、刺殺された。特殊捜査班が事件解決に乗り出すが、犯行は重ねられる。警察はあの波田煌子の協力を仰ぐことに。
彼女は七つの猟奇事件を解決した名プロファイラー、のはずが、言動がなんだかちぐはぐで……。
警察の不安をよそに、煌子は心理学者・主計龍太朗(かずえ りゅうたろう)の挑戦まで受けてしまう。果たして推理対決の行方は? 「蒼い月」に込められた犯人のメッセージとは?
煌子の衝撃の過去が明かされる人気シリーズ完結編!
書評
シリーズ完結には早すぎる! 長編で魅せる「人間」波田煌子
伝説のサイコセラピスト、波田煌子シリーズ第4弾にして、完結編です。
物語は上のあらすじの通りで、今回は短編集ではなく、一連の猟奇的な強姦殺人事件を追う長編となっていますが、むしろこの本の主題は「波田煌子の過去」と言ってよいでしょう。
前作で学習塾の事務員として、塾生達の悩みを次々と解決し、去っていった波田煌子でしたが、その時には、今回の「蒼い月」事件が存在していたようです。
波田煌子は「なみだ特捜班」で警視庁のプロファイラーになったとき、行方不明の両親を捜していると言っていましたが、実は両親は放火で殺害されていたのでした。
そして、この「蒼い月」事件を目の当たりにしたときに、彼女は自分の両親の事件との共通性を見いだし「自分探しの旅」すなわち両親を殺害した犯人捜しの旅を締めくくるべく、請われるままに再びプロファイラーとして警視庁へを赴くのです。
この本のタイトルを初めて目にしたとき、なんだか雰囲気が違うぞと感じたものです。なんだかシリアスそうな気がして、本来ののんびりした雰囲気が好きだった私はちょっと危惧しておりました。
結果的には……やはりシリアスでした。
基本的に今回の波田煌子は、今までの宇宙人的人格から、より人間らしく書かれています。奇抜な推理は健在なものの、一足飛びにいきなり真相を言い当てたりしません。もちろん長編でそれをしてしまったらえらいことですが。
また「なみだ研究所」の現所長である松本くんに、恋心を抱いていたことまで明らかになってしまいます。
そして極めつけは、「なみだ研究所」事務員で、今は所長の松本くんの婚約者でもある小野寺久美子が事件に巻き込まれると、何とか助け出すためにそれこそ必死で行動を起こします。
これらの姿は、本来であればむしろ今までよりも人間が描けている、ということになると思うのですが、やはり、波田煌子は飄々として、自信家で、あまり感情は表に出さず、そしていきなり事件を解決してしまうからこそ波田煌子だ、と感じてしまうのです。
そのように多少の違和感はあったのですが、それでも「あの」波田煌子が必死になっているということで、より緊迫感のある物語となっていたようにも思います。
謎解きについては、過去の事件と複雑に絡んだ糸をほぐしていくという、本格推理の王道的なものではあるのですが、こちらは推理小説としてはそれほど入り組んだものではないです。ある程度犯人の想像が付く方も多いのではないでしょうか?
でも、そんなことはどうでもいいくらい、今回は「波田煌子の物語」でした。
彼女を中心に、過去の仲間達が再び集まります。
まさにオールスター。
お茶とお茶菓子も健在です。
「群馬県詩吟チャンピオン」の経歴の謎も明かされます。
彼女の人並み外れた洞察力のルーツも明らかになります。
そして、何より、彼女の心を暗く覆っていたものも白日の下へさらされます。
彼女の飄々とした姿は、もしかしたら、心の周りを幾重にもバリケードで覆ってしまったことから生じたのかもしれません。もしそうであるなら、彼女が時折流す涙には、とても濃密な想いが潜んでいたのかもしれません。
シリーズ完結編だけあって、シリーズ全体に流れる大きな謎は、ことごとく解明されてしまいました。
それでも、私はいずれまた波田煌子が、どこかで謎を解き、人の心をほぐしている姿が見られるような気がしてなりません。
ラストで波田煌子は言います。
「あたしにしかできないこと」をすると。
そしてもうひと言。
「もうしばらく待っていてください。そうしたらお知らせいたします」
待たせていただきますよ。
気長にね。
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