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邪馬台国はどこですか? (鯨統一郎)

書籍情報

著者 : 鯨統一郎
発行元 : 東京創元社
文庫版発行 : 1998.5

鯨先生のデビュー作。

第三回創元推理短編賞の一次選考は通過したものの受賞を逃した表題作に、シリーズものとして五作品を追加し刊行された。

各話のタイトルが「5W1H」になっている点にも注目。

収録作品

  • 悟りを開いたのはいつですか?
  • 邪馬台国はどこですか?
  • 聖徳太子は誰ですか?
  • 謀反の動機はなんですか?
  • 維新が起きたのはなぜですか?
  • 奇蹟はどのようになされたのですか?

こんな人にお薦め

  • 専門的なことは知らないけど歴史ミステリが好きなあなた
  • 軽妙な掛け合いが好きなあなた
  • 気の強い美人が好きなあなた

あらすじ

以下、文庫版裏表紙より転載

このところバーテンダーの松永は忙しい。

常連の三人がいきなり歴史検証バトルを始めてしまうので油断は禁物。
話しについていくため予習に励む一方、機を捉えて煽ることも。
そつなく酒肴を供して商売も忘れず、苦しまぎれのフォローを試み……。

またもや宮田六郎の独壇場か、幕引きのカシスシャーベットがお出ましに。
三谷教授はいつもながら従容不迫、おおっと静香が切り札を出した!

 

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書評

ライトなのに専門気分を味わえる絶妙のバランス!

いわゆる歴史ミステリの範疇に入るのでしょう。
ですが、その歴史の謎の証明方法以前に、提示される仮説がひと味違います。

ブッダは悟りを開いていたのか?
邪馬台国はどこにあったのか?
聖徳太子の正体は?
なぜ本能寺の変が起こったか?
明治維新の黒幕とは?
イエス・キリストの復活の真相は?

収録作品の各話のあらすじを説明しなくても、だいたい内容がわかってしまうステキ仕様です……が、それは置いといて。

これらのテーマを見るとそれなりに議論のテーマになっていそうなものではあります。
しかし、これらのテーマに対して在野の歴史研究家「宮田六郎」が提示する仮説は、聞いたこともないようなものばかりです。

「ブッダは悟りなんて開いていなかった説」
「邪馬台国東北説」
「聖徳太子=推古天皇=蘇我馬子説」
「織田信長自殺説」
「明治維新は黒幕、勝海舟の催眠術によるもの説」
「キリストの復活は事実……だけど替え玉説」

なんだか楽しそうです。
でも、延々と専門的な説明をされても、小説、それもミステリ小説を読んでいるつもりの我々にはちょっときつすぎます。
そう、実はそこがこの作品の面白さのポイントです。

なんというか「ちょうどいい」のです。

もっともらしい史実や学説を根拠に議論を戦わせたと思ったら、ミステリ的な手法で通説の些細な矛盾点を指摘し、論理的に真相に迫ってみたり。
このバランスは難しいと思うのです。説得力を持たせようと、専門的な論証を過度に用いると、説得力は増す代わりに「小説の読者」にとっては退屈なものになることは容易に想像できますし、逆にミステリ的論理だけに頼ると、面白いかもしれませんが、結局読者を説得するだけの説得力を持たせることは困難でしょう。
本作のように、歴史の謎以外の事件が用意されていない形態の物語ならなおさらです。(歴史ミステリとして、歴史の謎に迫る物語でも、実際はそれ以外の現在の事件があって、それと繋がるかたちで歴史の謎が解明されるスタイルのものも多く存在する)

鯨先生は、宮田の聞き役に歴史の専門家である、早乙女静香と三谷教授を配置することで専門的な議論が必須の状況を作り上げ、なおかつ、バーで行われる短時間のやりとりという環境を設定することで、必要以上に専門的にならずにミステリ的で、ある意味場当たり的な論理操作による解決が存在する余地を創り出していらっしゃると思います。

本書は短編集ですが、短編でこれだけ説得力があり、かつ、面白い歴史ミステリを書くのは、至難の業だと思います。

さて、ここまでは本作品の「謎」の部分を中心に述べてきましたが、物語、小説としての面白さはどうなのでしょう?

まあ、はっきり言ってしまえば、物語は存在しません
毎回毎回同じように、バーで出会った三人が、話題に上った歴史のテーマについて議論を戦わすという趣向です。宮田と静香が恋愛モードに突入することもありません。
では、面白くないのか? といえばそうではないところが鯨先生の文章です。

鯨先生の短編集は本作品のような徹底したワンパターンな展開で進むものが多くあります。……というかほとんどそんな感じです。(言い過ぎかもw)
このようなワンパターンについては賛否両論、というか好き嫌いははっきり分かれるところだと思うのですが、これについて「KAIKETSU! 赤頭巾侍」文庫版の解説で福井健太氏が「お約束」の意義と鯨作品の関連性について分かり易く書かれているので、読んでいただきたいと思います。
が、私なりの言葉で一応説明してみます。

「ワンパターンで面白くない」といってしまう人は、本当にワンパターンが嫌いなのでしょうか?
ドラえもんもサザエさんもワンパターンです。
漫才もある意味ワンパターン。
吉本新喜劇もワンパターン。
落語や能、歌舞伎などの古典芸能は、演目こそ多様ですが、同じ演目が昔から延々と続けられています。

そう考えていくと、「パターン」にはまっていないエンタテインメントなどごくわずかではないでしょうか?
面白ければ何度繰り返しても、先が読めても面白いものなのです。

そう。
「面白ければ」です。

まず、ワンパターンなものを飽きずに楽しませるためには、当然工夫が必要です。

ドラえもんにおけるひみつ道具。
漫才や新喜劇で、おきまりのギャグにたどり着くまでのネタ。
古典芸能における演者ごとの微妙な工夫。
これらはワンパターンな展開でも、見ている人を飽きさせないための「新鮮さ」というファクターでしょう。見ている人は安心しておきまりの展開を楽しみながらも、その中で一つ二つ新鮮な驚きを得ることで、より一層そのワンパターンを楽しむことができるでしょう。
これは本作品では、毎回提出される魅力的な謎。
これにつきるでしょう。

また、そもそもそのワンパターンさ自体に魅力がないと面白くないでしょう。
おきまりのギャグは、それ自体が面白くなければ、ワンパターンさ云々以前にダメダメでしょうし、毎回登場するドラえもんのキャラクター達のあの印象的なこと! 「のび太」という言葉は、もはや単なる固有名詞ではなく、形容詞だと言っても過言ではないでしょう。
要するに、上で述べた新鮮さ以前に、みんなが期待しているワンパターンの構造自体が面白くないといけないと言うことです。それが、毎回登場するキャラの魅力であったり、お決まりのギャグ自体の面白さであったりするわけです。

この点は本作品においては、「若き天才歴史学者」(しかも女優にも引けをとらない美人)である静香のキャラと、彼女を中心とした登場人物達の掛け合いの面白さにあるでしょう。
実はこの作品では、「探偵役」は宮田なのですが、人物描写は圧倒的に静香に焦点が当てられています。
毎回のように彼女は一般的に知られるイメージからは想像できない傍若無人さと、その暴言の数々で、バーテンダー松永の店を文字通り戦場へと変えてしまいますが、台詞だけでなく動作一つ一つの描写すべてが、「静香」というキャラクター蔵をより強固なものにするために描かれている感じです。
パソコンのキーボードを人差し指一本で、しかも「ものすごい早さで」叩く静香など、小細工無しの直球勝負タイプで男前な静香の性格が表れているようで、私などはとても魅力を感じて、やられ役にもかかわらず「また静香の活躍を見たい」と思ってしまいます。
そして、その静香と他のキャラクターの掛け合いが実に軽妙で、文章であるにもかかわらず、絶妙の「間」を感じさせてくれるので、ワンパターンの繰り返しにも飽きずに読み進めることが出来ます。
このような掛け合いの「間」を文章で表現するというのは、プロの作家さんなら当たり前のように出来る、というものではないように思います。

そして、本作品のワンパターンの魅力としてもう一つ挙げられるのが「微妙に変わってゆく物語世界」です。

判で押したように同じ展開で進んでゆくこの短編集ですが、松永の三人の論戦を見る目は「ハラハラ」から「ドキドキ」「ワクワク」へと進化していきます。
そんな松永の心境の変化に伴って、静香が論戦を見越したようにパソコンを持参するようになると、宮田は自作のホームページ付きでパソコンを持参。
すると当然のように、次回は静香が対抗するようにホームページを立ち上げて立ち向かう。(ただし、タイトルは「静香のホームページ」で、訪問者は当時37人。すなわちとっても微笑ましい感じのようです。宮田に負けじと自宅でせっせと頑張っている姿が目に見えるようでGOOD!!)
そして最後にはなんとバーテンダーの松永が、パソコンと連動したスライド映写機と投影用スクリーンを店(ショットバーですよ!)に設置する、といった感じで、地味~に世界がエスカレートしていきます。
まさにワンパターンだからこそ活きる、ひとひねりだと思います。

結論。
ワンパターンの中に毎回盛り込まれる新鮮さ(魅力的な謎)、ワンパターン自体を魅力的に見せるキャラクター達とその掛け合い、そしてワンパターンな繰り返しの中に盛り込まれる新しい世界。
まさにエンターテインメントの王道を、小説というかたちでもって突き進む鯨ワールドの、原点であるのがこの作品ではないでしょうか?

私は歴史に関しては一般常識程度の知識しかないので、素直に楽しめましたが、全国推定5000万人の信長ファンや、明治維新ファンの方達、そして敬虔な仏教徒、キリスト教徒の方達の逆鱗に触れなかったのかが心配です。

まあ、その後の鯨先生のご活躍を見る限り、大丈夫だったのでしょうねぇw

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