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永遠の森 博物館惑星 (菅浩江)
書籍情報
著者 : 菅浩江
発行元 : 早川書房
単行本発行 : 2000.7
文庫版発行 : 2004.3 ハヤカワ文庫JA
「ベストSF2000」国内編第一位
「第32回 星雲賞 国内長編部門」
「第54回 日本推理作家協会賞 長編並びに連作短編集部門」
などを受賞した連作短編集。
地球衛星軌道上にある人工の「博物館惑星」で膨大なデータベースと直接接続された学芸員、田代孝弘の元に舞い込むさまざまな芸術、自然にまつわる事件を描いた作品。
収録作品
- Ⅰ 天上の調べ聞きうる者
- Ⅱ この子はだあれ
- Ⅲ 夏衣の雪
- Ⅳ 享ける形の手
- Ⅴ 抱擁
- Ⅵ 永遠の森
- Ⅶ 嘘つきな人魚
- Ⅷ きらきら星
- Ⅸ ラヴ・ソング
こんな人にお薦め
- ふだんSFなんて読まないあなた
- 日常の謎系統の作品が好きなあなた
- ノクターンの調べのような優しい空気の物語が好きなあなた
あらすじ
以下文庫版裏表紙より引用
-
地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館〈アフロディーテ〉。
そこには全世界のありとあらゆる芸術品が収められ、データベース・コンピュータに直接接続した学芸員たちが、分析鑑定を通して美の追究に勤しんでいた。
総合管轄部署の田代孝弘は、日々搬入されるいわく付きの物品に対処するなかで、芸術にこめられた人びとの想いに触れていく……。
優しさと切なさの名手が描く、美をめぐる9つの物語。
日本推理作家協会賞受賞作。
以上引用終わり
書評
SFとミステリと芸術の優しい融合
地球の衛星軌道上に浮かぶ人工惑星「アフロディーテ」
そこには世界のあらゆる「美」が収集されている。
膨大なデータベースに直接繋がった「直接接続者」は自分のイメージのみによってデータの絞り込みができ、あらゆる美の深淵を日々探っている……。
自身SF作家、そして音楽家でもある菅先生らしい、夢のような美に満ちあふれた世界。
データベースにすらギリシア神の名を冠する、まさに天上の世界のような優雅さを感じさせます。
もちろんそこにいる人々は、美と芸術の追究のみを使命として……とはいきません。
物語世界は上に述べたように、とても優雅な世界。
美術館、博物館が世界の中にあるのではなくて、その中に世界がある、というSFならではの夢のような設定。
しかし、そこにいるのはやはり生身の人間なのでした。
音楽や舞台、文芸全般を扱う「ミューズ」
絵画工芸部「アテナ」
動植物園「デメテル」
そのそれぞれが持つ美しくも雄大なネーミングの部署の中で働く普通の人間は、やはり現代の我々同様、職場での人間関係の摩擦、部門間での利権をめぐって延々と続く争いのなかで過ごしています。
世界そのものが俗世間からかけ離れたものであるだけに、その中で繰り広げられる等身大の人間同士の物語がより一層引き立ちます。
特権を与えられた者の苦悩。
認められなかった者が持つ嫉妬、羨望。
古い者と新しい者それぞれが持つ価値観の相違と融合。
肉親間の愛憎。
そしていつの時代にもあるありきたりのラブストーリー。
この一冊の本の中にはSFの殻を被った多種多様な人間模様が描かれているのです。
そして、とても品よく融合されたSF的表現、芸術的表現に加えて菅先生の女性的な視点が、これらのヒューマンドラマをゆったり包んで全体として穏やかな優しい物語として完成しています。
ミステリとしては「日常の謎」系統の連作短編集の体裁です。
一部の精神病患者達のみが聴くことができる、無名の作曲家が描いた絵から聞こえる「天上の調べ」の謎。
老夫婦が持ち込んだ、無名の人形に付けられていた名前とは?
日本の笛方の家元襲名披露にまつわる夏の着物の紛失事件。
変形菌の特性を利用した二つのミニチュアの森と人形に隠された謎。
小惑星で発見された未知の種子と五角形のかけらの謎。
「九十七鍵の黒天使」と呼ばれるピアノの名器にまつわる謎。
気がつくと、ミステリを読んでいるということを忘れてしまうくらい、謎の本格ミステリ度は低いのですが、そんなことは全く気にならないし、ミステリ好きとして、この作品を自分の好きな「ミステリ」というジャンルから除外したくない、とすら思ってしまいます。
さらに他にも「謎」の要素は低いが珠玉の短編が含まれています。
個人的には、ピークを過ぎた女ダンサーが、アフロディーテで自分自身の踊りを取り戻していくさまを描いた「享(う)ける形の手」が好きですね。
ダンサー、シータ・サダウィが見せてきた、そして見せる、音楽の律動を本能的に捉えて紡ぎ出すダンスの描写は、作家的センスだけでは描ききれないものです。
このサイトの書評に以前掲載した田中啓文先生の「落下する緑 永見緋太郎の事件簿」を読んだときも、そのジャズ演奏の臨場感に圧倒されましたが、やはり田中先生も自身ジャズ奏者だそうで、そう考えると本作で感じたダンスの描写の絶妙さも、菅先生の日舞の名取り、電子オルガンのプロ奏者としてのバックボーンが活かされているのだろうと考えてしまいます。
何となく気軽に読めそうな短編ミステリだな~と感じて手に取ったこの本でしたが、それほどミステリ色が濃いわけでもなく、SF色が前面に押し出されているにもかかわらず、ミステリ好きでSFはほとんど読まないわたしを完全に引き込んでくれました。
だからこそ普段SFなんて読まないよ、という方にこそお薦めしたい作品でした。
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