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青空の卵 (坂木司)
書籍情報
著者 : 坂木司
発行元 : 東京創元社
単行本発行 : 2002.5
文庫版発行 : 2006.2
坂木司先生のデビュー作です。
ひきこもりのプログラマ、鳥井真一と、友人で作者と同姓同名の坂木司が日常の謎を紐解く「ひきこもり探偵」シリーズ第一作。
掲載作品
- 夏の終わりの三重奏
- 秋の足音
- 冬の贈りもの
- 春の子供
- 初夏のひよこ
こんな人にお薦め
- 「日常の謎」系統の作品が好きなあなた
- 心理描写を重視するあなた
- ミステリでもほろりと来たいあなた
あらすじ
以下、文庫版裏表紙より転載
-
僕、坂木司には一風変わった友人がいる。
自称ひきこもりの鳥井真一だ。複雑な生い立ちから心を閉ざしがちな彼を外の世界に連れ出そうと、僕は日夜頑張っている。
料理が趣味の鳥井の食卓で、僕は身近に起こった様々な謎を問いかける。
鋭い観察眼を持つ鳥井は、どんな真実を描き出すのか。謎を解き、人と出会うことによってもたらされる二人の成長を描いた感動の著者デビュー作。
書評
ちょっと説教くさいが、広がってゆく世界と成長する二人に感動!
読む前はコメディタッチの作品かと思っていました。
最近の風潮から、いかにもネタにしやすい「ひきこもり」
そしてわたしが好きな同人ゲーム「引籠世界の探偵事件簿」シリーズ(このHP内にゲームレビューがあります!!)の存在。
勘違いしても仕方ないさ。うん。
しかし、この作品は実に真剣に引き籠もりというものと向かい合った作品なのでした。
奔放すぎる母親の存在と、イジメの経験から引き籠もってしまった鳥井真一と、彼をサポートしながらも、それ以上に自分自身彼を必要としている坂木司の成長の物語です。
わたしはいわゆる病としての引き籠もりというものの実体を正確に知っているわけではありませんので、この作品における鳥井真一の描写が現実感あふれるものなのかどうかはわかりません。実際反動こそあるものの、結構気軽な感じで色々出歩いて、いろんな人と会っていますし。
しかし、問題はそこではないような気がします。
鳥井君の引き籠もりという状態は、傷を負った心がたまたま目に見える形で表出したものであり、それを描くこの物語は、結局、傷ついた人間、弱い人間、殻に閉じこもってしまった人間の葛藤と再生の物語なのでしょう。
そして、更にこの物語を重厚なものにしているのは、語り手の坂木司の存在です。もちろん鳥井君の親友で、ミステリ的にはワトソン役で、物語の語り手なのですから重要なのは当然ですが、中学生の頃に出会い、その後親友として鳥井君のサポートを続けてきた坂木君ですが、その彼自身が誰よりも鳥井君を必要とし、依存している様があからさまに描かれます。
物語序盤の二人の関係は、まさしく子供同士の親友関係。
損得ではなく、ただただ相手を大切な存在であると受け入れるが、逆に外部から二人の関係に干渉されるのはいやで、ましてや相手が他の誰かと仲良くすると嫉妬の炎がめらめらと……。
鳥井君については嫉妬しているという表現こそ無いのですが、彼が坂木君に完全に心を、感情をさらけ出している様を見る限り、外れてはいないと思います。
しかし、この物語は二人にいつまでもそれだけの関係でいることを許しません。
町で起こる些細な事件を通じて、どんどん二人を囲み、参加してくる人々の輪がふくらんでゆきます。普通なら「どんどん人の輪が広がる」というのは「良いこと」と勝手に決めつけてしまう感がありますが、この物語の場合は引き籠もっている鳥井君の状態と、排他的に依存しあっている二人の関係があるゆえに、ふくらんでゆくのは人の輪だけではなくて、「不安」もまたふくらんでゆきます。
ただ、その「人の輪」に参加してくる人々が、癖の強い鳥井君を正面から認めている面々であるので、何とかバランスが保たれている感じです。
温かい人間に囲まれながらも、この作品の範囲では未だその「囲み」は鳥井君を囲む「壁」の段階を過ぎていないのです。
この先の作品で鳥井君は坂木君から飛び立つことができるのでしょうか?
そして、坂木君は飛び立つ鳥井君を、その手の中から放してやることができるのでしょうか?
さて、ミステリとしては「日常の謎」に属する連作短編集となる本作ですが、謎解きは細かい断片をつなぎ合わせて論理を組み立てるパターンで、楽しいです。よく読むと、その推理のピースには人間の心理的分析が大きな部分を占めていることがわかります。
ヒステリックに二人を拒絶したかと思うと、手の平を返したように二人に接近してくる女性と複数の男性にストーカー行為を働く女性の謎。
事故で失明してしまった心細げな青年と彼の後をつけ回す男女の双子の謎。
若き歌舞伎役者の元へ妙な贈りものと手紙を別々に送り続ける自称ファンの謎、などなど。
どれもこれも特異な心理的要因を看破していなくては解決には至ることができなかったのではないかと思われる事件ばかりです。正直なところ、これだけ人の心の機微が理解できるのなら、何で引き籠もりなんてしてるんだろう? と素人目には思ってしまうくらいの鮮やかさです。
何にしても、短編の謎解きとしては丁寧で、上質のものが揃っていると感じます。
一応気になったところも書いておきましょうか。
まず、描写が妙に説教くさいところ。
坂木君が鳥井君とのつきあいを通じていろんな新しい視点に気付き、世界観を発展させてゆくのはよいのですが、そういう部分で「あなたもそう思うでしょ?」的な書き方が多いので、多少押しつけがましく、説教臭く感じてしまいました。
もう一つは……まあ、どうでも良いのですが。
坂木君、外資系の保険会社勤務ということですが、そちらの業界に絡んでいるわたしとしては、ちょっとツッコミどころ満載でした。なんだか外資系だから、自由がきいて、気楽で、休みも多くて(なんとクリスマス休暇まで!)……って、そんな楽なところ無いですぢゃw
変に詳しく書かれているものですから、かえって気になってしまったのです。
まあつまらぬツッコミはともかく、総括!!
既に完結しているシリーズですが、未読のわたしは先が楽しみです。
どんどん広がってゆく世界が、鳥井君と坂木君の二人を今まで通りでいることを許しません。
広がった世界をもう一度完全に拒絶するのでなければ、飛び立つしかない。
(作者の)坂木先生は二人にとても厳しい舞台を準備し、前に歩まざるを得ない道を指し示しました。
しかし、その道を踏み出した二人の先には、きちんと優しい終わりを準備万端整えた坂木先生が手を広げて待っていらっしゃるのが目に見えるようです。
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