TOP > ミステリの本棚(作家別Index) > 鯨統一郎 > here
哲学探偵 (鯨統一郎)
書籍情報
著者 : 鯨統一郎
発行元 : 光文社
新書版発行 : 2008.9
サイコセラピスト探偵波田煌子シリーズ完結からまもなく出版された本作ですが、波田煌子シリーズ第2作「なみだ特捜班におまかせ!」および最新作「蒼い月 なみだ事件簿にさようなら!」に登場する特捜班の高島警視と久保主任が登場します。
収録作品のうち第1話から第4話は、「なみだ研究所にようこそ!」「なみだ特捜班におまかせ!」の執筆時期と重なっています(2000年から2003年)が、第5話以降は書き下ろしとなっています。
しかし、波田煌子シリーズとは出版社が異なっており、この先、本作品について波田煌子シリーズとリンクしたさらなる展開があるのかは微妙なところです。
収録作品
- 第1話 世界は水からできている (タレス)
- 第2話 汝自身を知れ (ソクラテス)
- 第3話 われ思う、ゆえに我在り (デカルト)
- 第4話 人間は考える葦である (パスカル)
- 第5話 純粋理性を求めて (カント)
- 第6話 厭世主義(ペシミズム)の暴走 (ショーペンハウアー)
- 第7話 神は死んだ (ニーチェ)
- 第8話 存在と時間の果てに (ハイデッガー)
こんな人にお薦め
- 鯨先生独特のトンデモ推理が好きなあなた
- 高島&久保の刑事コンビを応援するあなた
- 鯨作品ならとりあえず読みたいあなた(ちょい控えめ)
あらすじ
以下、新書版裏表紙より引用
-
警視庁の高島警視と久保主任は、難事件を専門に扱う特捜班に所属している。
鉄壁のアリバイを持つ容疑者、密室に突然出現した死者、細かく切り刻まれた惨殺死体……。二人が関わる事件は、解決の糸口すらつかめないようなものばかり。
事件に行き詰まった彼らは、たまたま訪れた競馬場で、哲学好きで短歌趣味で馬券師の男と出会う。
男が開陳した、驚くべき推理とは!?変幻自在の鯨ミステリが、三十一文字の中に森羅万象を詠む!
書評
う~ん。救いは「あの」シリーズとのつながりか?
これほど早く、あの「波田煌子」シリーズの世界に再び触れることができるとは思ってもみませんでした。「蒼い月 なみだ事件簿にさようなら!」が発表されてからまだひと月足らず。この「哲学探偵」を開いた私は我が目を疑いました。
「高島警視」に「久保主任」が所属する特捜班!!
高島警視は本作では26歳となっており、27歳とされていた「なみだ特捜班」のプレストーリーであろうということは一目瞭然! 文章を追う私の視線のスピードもいつになく加速します。
本作の探偵役は、哲学好きで短歌好きの馬券師(以下、哲学探偵)という、いろんな蘊蓄をミステリに絡めるのが大好きな鯨先生らしい設定です。そして、波田煌子シリーズと似たような速いテンポの展開と、この一冊に8作品も詰め込まれていることから、謎解きにはそれほど期待はしていませんでした。
……が。
物語の設定が「嬉しい誤算」であったことと裏腹に、この作品のミステリとしての出来は、残念ながら、控えめな期待に対して「計算通り」でありました。
私はよく短編集の書評に「アクロバティックな展開は歓迎です」ということを書くのですが、それは、短い物語の中では、ロジカルな流れをある意味無視した強引な流れであっても、そのかわり大きな驚きを読者に与えてくれるのであれば、それもアリなのでは?という考えに基づくのですが……今作はロジカルとはいいがたい上に、なんと平々凡々な謎解きなのでしょう。
提示される謎自体は魅力的なのです。
- 「小指のなかったはずの被害者の遺体には,なぜ指が揃っていたのか?」
- 「遺体はなぜ341片に切り刻まれていたのか?」
- 「20年ぶりに開かれたタイムカプセルには、なぜ新しい生首が入っていたのか?」
などなど、猟奇的ではありますが、ミステリ好きにはたまらない謎の提示です。
ところが、哲学探偵がひもとく謎の解決は……ミステリとしては余りにありきたりです。
「まさかこれじゃないよな~」と読みながら除外した、平凡な解決が延々と続きます。もちろんその結論に至るきっかけになる視点や推理の経路は、それなりに工夫を凝らしてはありますが、なんといっても各作品は短いがために、読者を納得させるだけの掘り下げはなされていません。
波田煌子シリーズでは、推理の論理性は飛躍に次ぐ飛躍でしたが、そのかわり意外な発想と真相で読者を驚かせてくれたものです。
この作品にはそれがない。
結末は平凡。
推理の論理性も中途半端。
残念ながらミステリとしてはあまり人にお薦めできるものだとは言いかねます。
また、鯨先生お得意のこじつけも不発であるように思います。
「哲学」「短歌」と鯨先生の作風から考えると「おいしい」こじつけネタを準備していたにも関わらず、あまり謎を解くに当たっての必然性を感じませんでした。
毎度毎度、競馬で大穴を当てては、様々な女性を同伴しての豪遊を決め込む哲学探偵、その話を聞くたびに、なんの犯罪でもないのに「いつか逮捕してやる」と決意する高島警視など、鯨先生らしい「おきまりだけど、欠かすことのできない」ネタは見事に決まっているので、ミステリの部分の中途半端さが本当に残念です。
それにしても、最強メンバーを集めている最中の、目下二人だけの特捜班。
久保主任の「かく言う私も一人、心当たりがいるんですが」との台詞。
もちろん、あの人ですよね? 久保主任?
正直なところ、あまり自信を持ってお薦めできる作品だとは、私は思わないのですが、それでも、なんと言っても「波田煌子シリーズ外伝」とも言うべき本作は、やはり波田煌子ファンには読んでいただきたい一冊です。
波田煌子シリーズにつながるさらなる展開と、波田煌子の再登場を期待させる、ほんの少しの足がかりを与えてくれたことに感謝です。
出版社が違うのが気にかかるところですけどね?
コメントをお願いします
ぜひ、この書評に対するあなたのコメントをお願いいたします!
こちらからどうぞ